従客閑雅

ほんとうは「従容閑雅」なんだそうな(^^; 東琤(落塵庵主)がサイバーな世界でストレス発散。

地名はとても重要な遺産 

我が村は、「長生」と書いて「ながいけ」と読みます。

何故、長池ではないのか??を推測しますに、古代文字の無い時代、当地は「なが」ないし「なか」と呼ばれていたという伝承があります。そこで「長」とか「那賀」などの漢字が後世で当てたれたのだと思います。ところで、当地は池が前にあったわけでは無く、現在8kmほど離れている海岸線が村の前に迫っていたようです。うちは長生町西方にありますが、西にあった潟が小字として残っているのだろうと思います。さて、字の後半の文字「生」は、生誕を表すようです。つまり「長生町」とは、支配者の生誕地を意味します。さて、支配者とは誰かといいますと、氏神には八千矛神(大己貴命)が祀られ、長国の祖神であるとされています。かつては、村は神領であったとされます。高貴な人が眠る場所であるので、下肥などは使用せぬようにとのお触れがあったという伝承も残っています。

近代(明治頃)においても、神社前には市が立ち、賑わっていたと年寄りより聞きました。また、鷲敷の蛭子神社宮司さんから、阿南市のかなりの部分で氏子を擁し、とても大きな神社だったと聞きました。社格は、式内社です。

わかりやすく言えば、当地は、大国さん生誕地であるのです。

地名とは実によくできているものです。

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[ 2012/05/27 12:33 ] 阿波の古いこと | TB(1) | CM(2)

魏志倭人伝考察 その1(その山、丹あり) 

帰路寄り道をして、那賀川町の科学センターへお邪魔しました。
目的は、辰砂(HgS)の現物を見ることです。今まで実際にこの石を見たことがありませんでした。
[ 2012/05/09 11:02 ] 阿波の古いこと | TB(1) | CM(0)
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『変わらぬ御世こそめでたけれ!』でも、人間平坦だとついついぼやきがち。庵主はサイバー上でぼやくのが趣味。HPの容量が無くなったので、仕方なくブログに移行、ブログ版ジョーク!!
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