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従客閑雅

ほんとうは「従容閑雅」なんだそうな(^^; 東琤(落塵庵主)がサイバーな世界でストレス発散。

スプレッドシートを用いて大和朝廷の成立時期を考察する 

要旨
日本の歴代天皇の在位期間は、記紀等の資料を参考にすればその西暦を得ることができる。(4)(5)しかしながら、記紀の年代には天皇の実在を含め(欠史八代の問題)あまりにも在位が長く事実を疑われる天皇も存在する。そこで、歴史家によって実在し年代等も正確であると言われている継体天皇および推古天皇の時代から現在までを基準にとり、初代天皇である神武天皇の即位の西暦を推定すべく近似式を発案し計算してみた。日本書紀によれば神武天皇の即位は紀元前660年となっている。(7)(資料表)参照しかし今回の試算結果では、おおよそ神武即位は三世紀末から四世紀前半であろうと推論された。
はじめに
 記紀における天皇在位期間に関しては問題が多く指摘される。例えば日本書紀によれば(6)、考案天皇(大倭帯日子国押人命:やまとたらしひこくにおしひとのみこと)の在位たるや102年におよび寿命は137歳である。古事記にても123歳となっている。(1)中国の正史である三国志の魏志倭人の条においてよく論じられることに、魏略に「其俗不知正歳四節但計春耕秋収爲年紀」とあり(2)、古代日本人は一年という概念が無かった故に一年を二度数えていたのではないかとする説が散見される。(3)よって、古代の100歳は50歳であるとしている。しかし、欠史八代同様、自説に都合よく解釈している感は否めず、科学的な考察とは言い難い。
 そこで、歴史学者の間ではっきりと認められている二説を参考に、推古天皇の時代および継体天皇の時代からどの程度遡ったのが初代天皇の即位年なのかを、純粋に数学的手法により解明してゆくものである。その際、指数近似により歴代天皇在位期間年数を求め、即位の西暦を算出した。参考までに、天皇在位平均を示すと同時に、線形近似による在位年数も求めてみた。

材料および方法
 歴代天皇の在位は、ウェブ上にあるデータを参照する。(4)(5)(添付資料)まず、継体天皇の在位以後を正しいと仮定する1区群と推古天皇以後を正しいと仮定した2区(A)をもうける。この2郡に関して、各10代の平均在位年数値を得てその要素をグラフに示し、その値から指数近似式とR^2を得る。尚、近似式を得るのはマイクロソフトのエクセルによって求めるとする。R^2(相関係数の2乗)は少なくとも0.25以上とし、それ以下である場合は参考資料としてとどめるとする。
 次に、以前の阿南古事記研究会で示した300年間平均在位から得た推測値も示す。(D)
 また、この2群について、線形近似によって得られる値も示す。同様に、全天皇在位期間の平均から推測した値も示す。しかし、この2点はあくまで参考資料である。

結果
A 1区(継体)から得られる近似式は、
y = 7.3358e0.0761x  また R^2 = 0.3392 を得た。
1_20130525080732.jpg


2区(推古)から得られる近似式は
y = 5.8771e0.1018x R^2 = 0.6185 を得た。
2_20130525080802.jpg



よってこの式を摘要した初代までの年数はそれぞれ217.2及び253.1年であった。
継体天皇が507年の即位、推古天皇が592年の即位であるから上記値で減算すると、得られる初代の即位西暦は、以下のように結論される。
1区 289年
2区 338年

参考として以下BC二つの手法を示す。
 B全天皇在位期間を線形近似で求めたものを示す。
それぞれの近似式は以下の如くである。
y = 0.1421x + 7.9552
y = 0.1611x + 7.7955
3_20130525080831.jpg


1区はR^2が0.1451で261年、2区はR^2が0.1625で257年となった。よって相関は低いと考えられるので参考に留める。
 C全体平均値から求めたものを示す。(継体天皇から今上天皇および持統天皇から今上天皇)
各々全平均は、15.13年、15.36559年と計算された。
よって、1区は128年、2区は100年となる。

D上記の手法は、10代区切りでの計算としたが、方法を変え300年区切りとした。即ち継体天皇から300年スパンで在位期間の平均を求め、これより指数近似式を得て、初代の即位年を算出する。
得られた式は以下に示すとおりである。
y = 5.6951e0.2065x R^2 = 0.7564
4_20130525080902.jpg

上記式よりは、西暦292年を得ることができる。

考察
 Aよりは、神武天皇即位年、西暦289年338年を得た。これらのR^2から判断すると、中程度の相関があるので、この年代は検討するに足りると判断する。また、R^2(相関係数の2乗)が0.7を越えるDにおいては、292年を得た。0.5以上で強い相関があると言えるのでDの近似式は採用するに値する。また、BはR^2値が低いので参考程度としたが、これは一代ごとのデータで近似した為であると考える。いづれにしても、今回の試算より、大和朝廷の成立は三世紀末から四世紀前半にかけてと思われる。
 試算Aの2区において神武即位が西暦338年を得た。神武は天照大御神五世孫であることと、一代20から25年と仮定すれば、おおよそ天照大御神の御世から80年から100年後が、神武の時代である。試算で得た338年から80ないし100年減じるとほぼ卑弥呼の没した西暦248年に重なる。よってこの試算から、卑弥呼と天照大御神は同一人物ではないかとの推論に達する。
 しかし、このような統計的手法が果たして歴代天皇の在位期間を推測する上で有効なのかどうかの論証はなされていないので、今後の研究を待ちたいと思う。

参考文献・サイトなど
1. http://ja.wikipedia.org/wiki/孝安天皇
2. http://www.kyoto.zaq.ne.jp/dkanp700/koten/gishi2.htm
3. http://www.geocities.jp/thirdcenturyjapan/nihon.html
4. http://ja.wikipedia.org/wiki/天皇の一覧
5. http://www1.ttcn.ne.jp/aatok2-h/rekidai.htm
6. http://ja.wikipedia.org/wiki/孝安天皇
7. http://ja.wikipedia.org/wiki/神武天皇
8. http://ja.wikipedia.org/wiki/天皇


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[ 2013/05/25 08:11 ] 阿波の古いこと | TB(0) | CM(0)
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『変わらぬ御世こそめでたけれ!』でも、人間平坦だとついついぼやきがち。庵主はサイバー上でぼやくのが趣味。HPの容量が無くなったので、仕方なくブログに移行、ブログ版ジョーク!!
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