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従客閑雅

ほんとうは「従容閑雅」なんだそうな(^^; 東琤(落塵庵主)がサイバーな世界でストレス発散。

雑学大学 

先般、雑学大学の講師を頼まれましたので2時間ほどスピーチしてきました。

第276回雑学大学 徳島専科
日時 平成27年6月28日
会場 徳島市文化振興公社4F 元町1丁目24
題目 中国史書から見た上古の日本

まずは、中国正史である24史を紹介して、漢書に書かれた日本関連の記述から古代の日本が「い」と中国人に呼ばれていたことを紹介しました。これは本日の最重要項目の一つです。
この時はまだ卑弥呼の時代にはなっておりません。卑弥呼は3世紀になってからです。
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次に、おなじみの三国志(魏志倭人伝)の中で、卑弥呼の住む女王国までの方位と距離を説明しました。
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▲魏志倭人伝冒頭の距離と方位を示したところです、他にも郡治から一万二千里南東方向という事項も示しました。

魏志倭人伝には日本に関する詳しい記述があるので、簡単に概略だけを説明しました。
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▲補足として、日本人が古代から秩序だっているという解説もしました。

三国志の韓の部分に記述がある、国境が朝鮮半島南端部に存在したことを説明しました。
これは魏志倭人伝にも記述がありますが、韓の部分にはより具体的に示されています。
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▲Wiki には、朝鮮半島に「倭」の文字がありません、三国志が史実であるならこの地図は間違っていますね。三国志がでたらめであるというなら、この地図でも大丈夫です。

次に、この日の最重要項目の二点目である、史書と神話のフュージョンです。
神話を馬鹿にしてはいけません、中国の史書と日本神話や伝承はクロスワードパズルのようにしっかりと噛みあうのです。

史書と古事記の記述の対比
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二つの融合図
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他にも24史からいろいろ抜粋して説明した後に、補足として中国の史書以外からも上古の日本がどのように見られていたのかを説明しました。

高句麗好太王碑の碑文から透けて見えること。

「好太王が5万人派兵した」点についての考察
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WW2の兵員動員数と全人口
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関ヶ原の時代の兵員動員率と平時における武士の動員率
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高句麗好太王碑文から見た日本上古の國の仕組みを想像する。
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概ね、1時間少々の講義の後に、質疑応答が1時間近くあり、全部で2時間ほどしゃべりっぱなしで少し疲れました。
(実はそれから後にも仲間と討論したのが、堪えたのかもしれません。 (^^ゞ )

日本という国は、古代からも素晴らしい国です。
また、中国人は几帳面に歴史を書きとどめる習慣があり、この点、尊敬に値すると思います。

この日もとても充実した愉快な一日でした。

動画は阿波古事記研究会の野田さんが撮ってくれました。ブログにスナップショットでアップできたのも野田さんのおかげです、この場を借りお礼申し上げます。



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[ 2015/07/21 09:24 ] 阿波の古いこと | TB(0) | CM(1)
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[ 2015/07/22 08:14 ] [ 編集 ]
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Author:らくじん(rakujin)とうそう
『変わらぬ御世こそめでたけれ!』でも、人間平坦だとついついぼやきがち。庵主はサイバー上でぼやくのが趣味。HPの容量が無くなったので、仕方なくブログに移行、ブログ版ジョーク!!
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