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従客閑雅

ほんとうは「従容閑雅」なんだそうな(^^; 東琤(落塵庵主)がサイバーな世界でストレス発散。

連体助詞について 

古事記のストーリーを大体においてご存じの方なら、『葦原中国』とは何かを知っていると思います。
葦原中国は、通常一般的には「あしはらなかつくに」と読まれています。で、この中の「つ」についてのお話から派生します。

そんなに、たいそうな話ではありません、忘備録的なものです。

「あしはら なか つ くに」と分解できます。「つ」を現代の言葉に置き換えると、「の」となります。
これは、連体助詞と呼ばれていて、体言と体言を繋ぐ役割をします。体言とは名詞などを指します。使い方としては、場所や位置を示す時に用いられます。

現在は殆ど使われなくなったようですが、「目(ま) つ 毛(げ)」などに残っています。

上古では、
「天津神」の「つ」が代表的でしょうか。他にも、「上巻(かみつまき)」とか、「国津神(くにつかみ)」などがあります。

いづれにしても、ジュラシックパークです。

で、問題はここからで・・・・・

阿波古事記研究会副会長、三村氏によれば、「徳島県東岸部及び南東部はかつて『いづも』であった」と主張されています。根拠は山ほどありますが、今回はそれについては割愛します。(また、阿波と古事記で検索すると情報は沢山出てきます)。

この『いづも』なるもの、古事記には『伊豆毛』と書かれてあるので現代的に読みは「いずも」でよろしかろうと思います。しかし、古代を考察しますと、Z類とか甲類とか言う割に案外アバウトなのが実情です。

結論を書きますと、
『委(葦)』 『の』 『面(も)』 
つまり、「い」の國の表であるというのです。

これが理解できたら、漢書の校注とか後漢書の倭国伝に書いてある内容がストンと理解できるようになります。

1_20160623112604e7f.jpg

ということで、江戸時代に発見された金印が、通常言われているように、奴国=福岡に貰ったものでないことが理解できます。
後漢書には、委の奴の国は、『極南界』と書かれてあります。当時の福岡は日本の極南界でないことは明らかです。
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[ 2016/06/23 11:30 ] 阿波の古いこと | TB(0) | CM(0)
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Author:らくじん(rakujin)とうそう
『変わらぬ御世こそめでたけれ!』でも、人間平坦だとついついぼやきがち。庵主はサイバー上でぼやくのが趣味。HPの容量が無くなったので、仕方なくブログに移行、ブログ版ジョーク!!
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