従客閑雅

ほんとうは「従容閑雅」なんだそうな(^^; 東琤(落塵庵主)がサイバーな世界でストレス発散。

修学旅行の一日を三日で再現 

  南九州旅行を計画していたのですが、日程的に上手くまとまらないということで安芸周辺を散策することにしました。それが幸いしてか、旅行の日、南九州は台風で暴風雨でした。ホテルの予約をしていなくてよかったですね。さて、私達の市の中学生の修学旅行は、かつて中国地方から北部九州を経て、別府から修学旅行専用船で瀬戸内海と通って帰るパターンが普通でした。そこで今回は昔を懐かしみながらということで、題して、「修学旅行の一日を三日で再現」安芸の旅を決行することになりました。


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 台風接近で強風が吹くまでに備讃瀬戸の大橋を爆走し、早朝に四国を抜けだしました。時折の横風に車が少々流されますが、それでも単車と比べると余裕で走行できます。ほんとに四輪は安定していると感心しきりです。

 さて、10時過ぎに広島に着きましたが、あいにくの雨でした。それでも沢山の人が訪れていて、その多さに驚きます。流石に世界の反戦観光都市です。ドームは保存技術の進歩もあるのでしょうか、昔のままです。
 
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 我々が子供の頃、広島市へ行って、原爆ドームを見るというのは中学生にとって定番中の定番となっておりました。当時、現在と比較して日教組の力は比べ物にならないほど強かったと思います。熱血先生の多くは熱心に運動をされていたように記憶しております。よって、反戦や、憲法9条などの護憲は当然で、その為にも修学旅行で広島を訪れることは必須であったのかもしれません。

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 昭和26年の米上院軍事外交合同委員会公聴会にてマッカーサーが証言した内容について(Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.)、左右沢山の人から論評されています。例えば、securityを安全保障というのは誤訳であるとか。重箱の隅をつつけば右も左の主張も問題点はあると思います。が、俯瞰してみると、結局の所、マッカーサーが過去の(大東亜戦争)戦術の正当性(自分のやった戦術)を弁護しているのが、1951年の証言であると云えます。行間を読むならば、日本を経済封鎖して破局させ、戦争に導き、圧倒的経済力の差で持って、二度と立ち上がれないように叩くということが正しかったのだと主張したものだと思います。よって朝鮮戦争で原爆を使用する戦略(司令官を解任された原因でもあります)もまた正しいと云いたかったのかもしれません。また、逆に日本側からして、世界で日本だけが有色人種でありながら独立を保てていた史実を冷静に考えると、軍艦や戦闘機を沢山保有していたからだです。しかし、石油が無ければこれらは動きません。つまり、石油が無ければ日本もまた植民地と化したのは間違いないでしょう。この点については、猪瀬直樹氏の「昭和16年夏の敗戦」で詳しい資料を見る事ができますし、岩間敏氏の「戦争と石油」でも詳しく述べられています。
 ようは、誇り高い当時の日本人が白人の奴隷になることを甘受しかたどうか、だと思います。現在のモラルで歴史を語ることは、誤りの元です。(今回、日本によって支配された側についての話は割愛します)当時の白人による植民地がどのようなものであったのかを知る必要があります。東南アジア諸国やアフリカの国々、あるいは南米の方が受けた屈辱を真に知っているならば、不毛な論議は起きないでしょう。やはり、人間としての尊厳の為、例え国が焦土となっても撃って出る方を私達のおじいちゃん、曾じいちゃんは選らんだのです。この先人の矜持と犠牲の上に、現在の日本の国際的地位があると云っても過言では無いと思います。

(写真 折り鶴タワーからみた、原爆ドーム)
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 幼い頃から母が『戦争だけはあかんわ』と云っていたのが頭の中でリフレインします。核武装なくして国際的に上位な地位は無理という持論を持つ私にとって、複雑な気持ちです。原爆犠牲者の鎮魂を祈った後に、資料館へも行ってみました。ここは子供の頃に比べると随分展示が変わったような気がします。記憶が曖昧なのですが、昔はもっと惨かったような気がします。小学生や中学生に凄惨な展示物は如何なものかと大人になって思うようになりましたが、そういう意味では洗練されたのでしょう。凄惨な展示物からは憎しみだけしか生まないような気がします。その対象が白人であったり、アメリカであったり、時の軍部だったり、天皇だったり・・・とにかく恨みだけしか生まないようでは、平和を目指そうとする公園にはそぐわないですね。ただ、悲惨な過去があったという記憶は残すべきだと思います。

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 折り鶴タワー で記念撮影していると、・・・綺麗なお姉さんがツーショットを撮ってくれました。ブログ顔出しOKとのことですので、掲載します。で、ついついいつもの癖で阿波古事記を語ってしまいました。今回は、木屋平の三木家 から調進される麁服(あらたえ)と天皇陛下即位の式典、践祚大嘗祭(せんそだいじょうさい)についてです。多分、普通の人はこんなことに興味は無いと思いますが、嫌な顔もせず聞いて頂きました。 (^^;

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 タワーからは市内を一望でき、秋色に染まる平和公園や凛とした毛利の居城も美しく、とても印象的でした。ここは、ほんとにお勧めのスポットです。

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 お城 へも行ってみました。刀剣類の展示がありました、やはり城と刀は似合いますね。ただ、照明をもっと工夫していただければもっとよかったと思います。はたらきや肌がほぼ見えなかったです。

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 高いビルの右側に先ほどまで居た折り鶴タワーが見えます。左のお森は、護国神社や大本営跡があります。今日は、イベントも沢山あるのか、大勢の人で賑わっておりました。城内を歩いている戦国時代の鉄砲隊が居ましたので、後に続いていると、砲術の披露がありました。大きな音は迫力がありますね、初めて見ました。ちょうど12月10日まで企画展として「鉄砲の歴史」をやっている最中だそうです。

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 爆音に観衆もどよめいておりましたが、私も思わず「おおおー!」と声を上げてしまいました。

 以前調べたところによりますと、戦国期の日本の鉄砲の保有量は全世界の約半分だそうで、いかに日本の軍事力が突出していたのかを伺い知ることができます。ただ、火薬に使う硝石が乏しく、日本の若い女性を硝石と交換する貿易にバテレンが関与していたとウェブで流れております。これを知った秀吉が激怒し、買い戻しを指示しとか。1582年のローマへの使節団が、後にヨーロッパでの奴隷オークションの惨状を伝えているそうですが、これもエビデンスがありません。秀吉は1598年に没しております。明を使って日本を攻めさせ、九州のキリシタン大名がこれに呼応し内乱を拡大、日本転覆で植民地化というスペイン等の戦略があった記事も散見しますが、根拠が示されていません。その後、無敵艦隊は1588年アルマダで沈みます。文禄の役の4年前で、12年後には関ケ原の戦いがありました。時代錯誤もありますが、どなたの説もある意味正しく、ある意味我田引水のように、感じます。世界の流れからして大枠では外していないようにも思いますが、小さい所をつつけば虚偽ばかりといったところでしょうか。

 さて、フードフェスティバルでは沢山の店が連なっておりまして、随分と誘惑にかられました。広場ではこのようなイベントもありました。

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 鎧兜や裃を着る体験コーナーがありました。久しぶりに和装などしてみましたので、抜刀した瞬間と云う設定で、きめのポーズを一枚。おー、なかなかいけてます。 (^^ゞ

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 しかし、観光というのは体力勝負です、疲れました・・・と、結構なネーミングのカフェが。無計画に旅行をするというのもなかなか良いものです。

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 疲れた時に、レモン水というのはかなり良いということを知ります。これでまた元気に歩くことができました。

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 夜は、相方の調査によって事前に決まっておりました牡蠣のコースを頂くことになりました。河畔のテラスでライトアップされた中、心地よい風と牡蠣の美味しそうな匂い、ちょっとロマンチックな雰囲気で良かったです。お隣の席の老夫婦も良い味を出しておりました。


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HPによれば、「Oyster Conclave」とありました。
ちょっと秘密めいた私の隠れ家的なダイニングでしょうかね。

他のブロガーの紹介では、創作イタリアンだそうな。

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この日のコースは、以下です。

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ワインと共に頂きたかったのですが、一万歩以上歩いているし、長距離を運転してきたのでアルコールの弱い私としては断念せざると得ません。ちょっと残念です。(^^;

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私は、お米を食べないとどうも食べた気がしないたちなのですが、サービスで最後に牡蠣飯を出して頂きました。大満足、とても美味しかったです。

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牡蠣三昧、こうして至福な一日目が暮れてゆきました。
本日の歩数、14544♪

二日目の宮島につづく・・・・かもしれない。






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[ 2017/11/02 08:53 ] 県外にお出かけ | TB(0) | CM(0)
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『変わらぬ御世こそめでたけれ!』でも、人間平坦だとついついぼやきがち。庵主はサイバー上でぼやくのが趣味。HPの容量が無くなったので、仕方なくブログに移行、ブログ版ジョーク!!
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